とあるいち聖書ライターのブログ

聖書からヒントを得て

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聖書に興味がある方に見てもらうためのブログ

忠実な使者

忠実な使者


「 わすかな人々が住む小さな町があった。そこに大王が攻めて来て、これを包囲し、これに対して大きなとりでを築いた。
 ところが、その町に、貧しいひとりの知恵ある者がいて、自分の知恵を用いてその町を解放した。しかし、だれもこの貧しい人を記憶しなかった。
 私は言う。「知恵は力にまさる。しかし貧しい者の知恵はさげすまれ、
彼の言うことも聞かれない。」


 知恵ある者の静かなことばは、
 愚かな者の支配者の叫びよりは、
 よく聞かれる。
 知恵は武器にまさり、
 ひとりの罪人は多くの良いことを打ちこわす。」 
(伝道者の書9-14~18)


70年ほど前、第二次世界大戦の頃、日本で唯一の地上戦となった沖縄では、総人口の約4分の1近くの約25万人の人々が亡くなったと言います。
私の母の育ての親である、もう亡くなられた、私とは血のつながりのない祖母がいます。
その方は、那覇市の前島に住んでいたらしく、母には「叔母さん」と呼ばれていて、私たちも、「前島の叔母さん」と呼んでいます。
 その方は、戦争が終わりに近づくころ、防空壕の中で、身を潜めていたときに、アメリカ兵が防空壕の外から、「戦争は終わった。出てこい。」と言う声を聞いたそうです。
しかし、防空壕の中にいた日本兵や、ある人々は「アメリカ兵はウソをついている。出てきた瞬間に殺す気だ。」と言い、敵の手に渡されるよりは死んだ方がマシだ、という意見が飛び交っていたようです。そこで、その前島の叔母さんは、私たちの実の祖母や、周りの人々に、「どうせ死ぬなら、出て言って死んだ方がいい。もしかしたら、万が一助かるかもしれない。アメリカ兵の言うことを信じてみよう。」と呼びかけ、私たちの実の祖母も一緒に防空壕から出ていくことを決意したそうです。
そして、防空壕の外へ出た人たちは、アメリカ兵に匿われ助けられ、アメリカ兵の言うことを聞かなかった人々は敵意があるとみなされ。防空壕の中にいた人たちは、アメリカ兵の火炎放射器によって殺されたというのです。 もし、あの時、前島の叔母さんが、祖母たちに防空壕の中からでることを勧めなかったら、私たち母や、私と私の兄弟は生まれてきてはいなかったのです。この前島の叔母さんは防空壕の中から外へ出た人々を助けただけではなく、その子孫の命の恩人でもあるのです。
 私たちには、時に今、生きていることが普通のことで、かけがえのない多くの命を救った人々の存在を忘れてしまうことがあります。 もしかしたら、この荒んだ世の中では、生きること自体がつらく、生まれてこなければよかったと思う時もあるでしょう。 しかし、戦争時代は、生きたくても死んでいく人々が数知れずに存在したのです。 私たち現代に生きる人々は、生きる意味をその平和な世界ゆえに見失っていることがあるのではないのでしょうか?現代でも、世界には、紛争地域や、テロリストにおびえる人々、また、難民などの存在があります。この多くのおびえる人々は、悲惨な現実を目の当たりにし、嫌でも「死」というものに向き合って生きています。そのような人々の方が、平和な暮らしをしている人たち以上に、「生きる」という意味を見出していたりするものなのです。私は、平和な日本の沖縄で暮らしています。何度も死にたい気持ちになったこともあります。しかし、前島の叔母さんを覚えるとき、私は本当に幸せな人間だと思わされるのです。神様の与えたいのちは、自らの存在を犠牲にするほど私たちを愛してこの世に送ってくださった、生ける神のキリストの恵みにより、ひとりの名もなき前島の叔母さんを用いたのです。