とあるいち聖書ライターのブログ

聖書からヒントを得て

先入観にとらわれない聖書解釈のもと、

聖書に興味がある方に見てもらうためのブログ

一粒の麦に隠された本当の意味

一粒の麦に隠された本当の意味



「 まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」
(ヨハネによる福音書12:24)


 キリスト教会では、一粒の麦を犠牲愛の象徴のたとえのようにして語られることは多いものです。


 しかし、この一粒の麦のたとえには、復活の愛の部分が隠されているのです。


 一粒の麦が地に落ちる時、その土地が良い地でなければ、麦は種としては育ちません。


麦が地に落ち、風に吹かれて、麦の性質を失わないままの形は生きていて、種として、形


を変えて生きている、いわば死んではいない新生を意味しているのです。 麦が地に落ち


て死ぬ、ということは、多くの麦の束から分離することを意味します。つまり、キリスト


はご自分の十字架と復活をたとえをもって預言されたのです。キリストは、弟子たちや、


群衆の群れ、いわば麦の束から、分離し、ひとり、十字架刑にさらされ死にました。ま


た、キリスト降誕は、キリストが、三位一体の天の神から分離し、地に落ちることによっ


て、世に救いが訪れたのです。そして、キリストは、多くの実を結ばせるごとく、福音の


柱として、多くの種を撒きました。そして、ご自分は地に落ちながらも、体は傷を残した


まま、身体ごと復活して天に帰られたとあるのです。 


私たちは、子供のころ、家族がいます。


しかし、大人になると家族から離れ、恋人ができ、結婚し新たな家庭を作り、新たに子を


設けることによって、実が結ばれるのです。子を造る時、性的な快楽という罪を犯しま


す。つまり、麦が地に落ちて死んだ状態になるのです。しかし、これは、死では終わら


ず、新たな命が芽生えるためには必要なことなのです。


 一粒の麦の、たとえでは、豊かな実が鳴る、とは言わず、豊かな実を結ぶ、と


あります。これは、超自然的に実が鳴るのではなく、神のご意思によって、整えられた環


境で愛が結ばれることを意味していることでもあるのです。 


 一粒の麦は、死んで終わりではなく、実際に群れから分離して死んだような状態になっ


ても、その性質である魂は生きていて、形を変えて、新たな種として、そして柱となり、


多くの実を結ぶ、いわば群れであった子が、今度は子を育てる、親として復活する瞬間で


もあるのです。


「  キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。 」
(エペソ人への手紙4:16)  

結び目=約束