とあるいち聖書ライターのブログ

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イエスマンではないイエス・キリスト

イエスマンではないイエス・キリスト



「 また、悪霊どもも、「あなたこそ神の子です。」と大声で叫びながら、
多くの人から出て行った。
イエスは悪霊どもをしかって、ものを言うのをお許しにならなかった。
彼らはイエスがキリストであることを知っていたからである。」
(ルカ4:41)


 私たちの日本の社会では、なんでも了解し引き受ける人のことをイエスマンとか呼んだりします。
実際イエス・キリストは男だったので、イエスマンですが、なんでも了解するようなイエス・キリストではなかったのです。
 イエスが幼いころ、もしイエスがイエスマンなら、両親の言うことは絶対で、自分勝手な行動をとることはなかったでしょう。しかし、イエスは、自分ひとり両親から離れて行動した幼い日々があったのです。


「 イエスが12歳になられたときも、両親は祭りの慣習に従って都へ上り、
祭りの期間を過ごしてから、帰路についたが、少年イエスはエルサレムにとどまっておられた。
 両親はそれに気づかなかった。イエスが一行の中にいるものと思って、一日の道のりを行った。それから、親族や知人の中を捜し回ったが、見つからなかったので、イエスを捜しながらエルサレムまで引き返した。  そしてようやく三日の後に、イエスが宮で教師たちの真ん中にすわって、
話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。
 聞いていた人々はみな、イエスの知恵と答えに驚いていた。両親は彼を見て驚き、母は言った。
「まあ、あなたはなぜ私たちにこんなことをしたのです。見なさい。
父上も私も、心配してあなたを捜し回っていたのです。」
するとイエスは両親に言われた。
「どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず
自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。」
しかし、両親には、イエスの話されたことばの意味が分からかった。 それから、イエスは、いっしょに下って行かれ、ナザレに帰って、両親に仕えられた。母はこれらのことをみな、心に留めておいた。
 イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人とに愛された。」
(ルカ2:42~52)


 この聖書個所からいかにイエス・キリストが少年時代自由奔放で、仕えることも知っていた、人から愛される子供だったかを読み取れます。
 人々が、驚くような、両親にとって意味の分からない行動をとることもあったのです。
まさに、なんでも、了解するロボットのように仕える少年時代とはかけ離れていたのです。
 イエスは、自由を愛されていることが読み取れます。
他の聖書個所でも、病人を癒されたあと、「誰にも言ってはいけない」とか、弟子となり一緒について来ようとするものを拒んだこともあります。また、群衆を避けて、ひとりになられる場面などもあるのです。まさに、ご自分の自由を愛され、何者にも縛られたくはないイエス・キリストの一面が浮かび上がってくるのです。 私たちと同じように、Noを言うこともイエスにはあったのです。だから神を信じる者に聖霊による自由を与えることができるのです。私自身、自分でNoを言うことをタブーとしていた学生時代や20代を過ごした経験があります。しかし、その信念でたどり着いたのは過重労働による不眠症と裏切られたときの絶望による地獄のような日々でした。
 私たちの生きる現代社会では、Noということが罪のような場面に遭遇することがあります。特にビジネスの世界では、ブラック企業でなくとも上司にNoとは言いにくい社会風潮があったりするものです。しかし、このイエス・キリストの救いや癒しの奇跡を覚えるとき、自分自身を守り、大切にするNoが言えなければいけない場面に遭遇するのです。時にはNoと言えることが実力を発揮する一番の近道の場合もあるのです。その自由を愛したイエス・キリストの犠牲と復活が、キリストの十字架により神を信じる者の罪が赦されるだけでなく、復活の天国が約束されるほどの実を結ぶと聖書にあるとおりに、私たち自身の身を守る救いになると言えるのです。