とあるいち聖書ライターのブログ

聖書からヒントを得て

先入観にとらわれない聖書解釈のもと、

聖書に興味がある方に見てもらうためのブログ

ラブヒストリー

私には、2人の兄がいます。


共に、今考えれば幼い頃から聖書を知っていたような風潮はありますが、


彼らは、教会へ足を運ぶことにより、


劇的に人生が変えられたのです。


私の長男の兄の場合、優秀な成績をおさめ、大学に通うという学歴が全てのプレッシャーの中、大学合格すると目標を失い人生に絶望していた時に、クリスチャンの叔母の勧めにより、教会へと足を運びました。そこで、ずっと教会の子として育ってきた心優しい女性と知り合い、教会の皆でほとんどお金をかけず手作りの結婚式を挙げ、結ばれ、2人の子供に恵まれました。


一方、もう1人の兄は、世間から注目されるほどの音楽の才能を身につけ日本代表として世界を旅する合唱団に属した経験もあり、家に地元のラジオ局が取材にきたほどです。


しかし、その世間の期待に応えなければならないというプレッシャーは計り知れなかったようで、身体を壊してしまい、ついには、ある教会に助けを求めたのです。


その兄も、地元を離れ、世間に名を知られている教会で数々の長年の苦労の中、


愛する人と運命的な出会いを果たし、


兄にとっては家族のように暖かな教会スタッフのもと、

涙の結婚式を挙げたのです。


長男の兄たち夫婦の場合、聖書に出てくるルツとボアズの結婚式を連想させたほどです。


ルツは夫をなくしバツイチのような存在でした、しかし、亡くした夫の義理の母の親類と結ばれます。


また、数々の男にもてあそばれイエスにより、その中から解放され、井戸で救い主に全てを言いあてられた、サマリヤの女とイエスの出会いを連想させるほどです。


もう1人の兄は、ヤコブとラケルの出会いを感じて、その人に告白したと言います。

兄が教会で一休みしていた時

お茶を差し上げた、その人を見て、聖書の最も神から祝福された女性の1人のラケルに見えたというのです。


キリスト信仰とは、基本的に恋愛を求めるための聖書ではないのですが、中にはそのようにして出会い子宝に恵まれた人々もいるようです。


クリスマスの時期、恋人たちのクリスマスという歌があるように、恋愛に華を咲かす人々もいることかもしれません。


たとえ、1人、独身で寂しい私のような者でも、

お店に行けば、クリスマスの歌が流れてくる、


それを聴くだけで鳥肌モノの出会いを想像します。


サンタクロースは子供の頃、本当に来るのか眠らずに確認しようとしたものですが、いつの間にか眠りにつき、


起きたら枕元にプレゼントがあったりしたものです。


今では、そんなこともなくなりましたが、信じる人の元へ大人子供関係なく、神様は想像以上のプレゼントを用意しているのかもしれません。


「 彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。」(イザヤ53:11)